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①食と産業・梅小路公園コース
丹波口駅
これまで誰も見たものはいないといわれる不思議な不動明王を祀る寺。弘仁14年(823) に寺を創建した弘法大師空海の彫刻による不動明王像が、石棺に納められ、地中の井戸深くに安置されていると伝わります。
西本願寺が提供した、新撰組の3番目の屯所。3000坪の敷地に表門、高塀、玄関、使者の間、近藤・土方の各部屋、幹部の部屋、平隊士の部屋、客舎、馬屋、物見櫓、仲間・小者部屋、さらに浴場、獄舍まで備えていました。
新撰組の元参謀・伊東甲子太郎が、近藤勇の家から帰宅途中に新撰組によって暗殺されました。その遺骸を引き取りに来た仲間を一網打尽にするために、待ち伏せていた隊土によってさらに藤堂平助らが暗殺された場所となっています。
坂本龍馬を暗殺された報復として、海援隊士・陸援隊士が新撰組を襲撃し一戦交えた「天満屋事件」。その舞台となった京都油小路の旅籠・天満屋があった場所です。
寛永17 年(1640)に六条三条筋から移されたわが国最初の公許の花街・島原にあった大門を移設したものです。明和3年(1766) の移設後一度消失しましたが、慶応3 年(1867) に再建され、京都市登録有形文化財となっています。本柱上の屋根のほかに後方の控柱上にも小屋根をのせた「高麗門」という形をしており、門前に植えられた「出口の柳」や「さらば垣」が当時の趣きを伝えます。
島原の置屋兼お茶屋。元禄元年(1688) の創業以来、遊宴のもてなしを公認された女性「傾城」の最高位である「太夫」を有する唯一のお茶屋として、現在も営業を続けています。現在の建物は安政4 年(1857) に再建されたもので、太夫道中に使われる傘を襖に貼り込んだ「傘の閏」、本物の紅葉で型取り・彩色された壁が特徴的な「紅葉の閏」などがあります。京都市指定有形文化財。※内部は通常見学不可

揚屋建築(江戸期の宴会場)の唯一の遺構(国の重要文化財)を利用した美術館。揚屋建築の特徴である大座敷、広庭、茶席、大きな台所とともに、所蔵の美術品を春と秋の企画展にて公開しています。

NPO法人 京都府ウォーキング協会監修
※各コースの時間と距離は目安です。
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