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開館20周年記念 『角屋蔵「岸駒と岸派展」』が開催!(角屋もてなしの文化美術館)

EVENT

~ 2018/7/18

角屋もてなしの文化美術館 開館20周年記念


角屋蔵「岸駒がんく岸派きしは展」が開催!

(3/15(木)〜7/18(水)まで) 

 

平成30年3月15日(木)から7月18日(水)まで、春季企画展として、開館20周年記念「角屋蔵 岸駒(がんく)と岸派(きしは)展」が角屋もてなしの文化美術館にて開催されます。

角屋もてなしの文化美術館

開館20周年記念を迎える「角屋もてなしの文化美術館」

 

 

岸駒筆「松虎図」

 岸駒(がんく)(1756~1838)を祖とする岸派は、京都画壇では円山応挙没後(1795)から円山派や呉春の四条派を凌ぐほどの流派となりました。
 角屋の7代目徳右衛門(俳号徳野)は、岸駒が金沢から安永8年(1779)に上京し、岸駒と名乗る前の「岸矩峯」と号した無名時代より交流があったようです。そのためでしょう、天明元年(1781)2月の年記をもつ「柳下酔士図」が伝来します。

 岸駒は、上京3年後の天明2年には、早くも『天明新刻平安人物志』に登載され、画家として世に知られるようになりました。天明四年には有栖川宮織仁親王の近習となり、「雅楽(うたの)助(すけ)」の名を授かり、さらに翌五年、名を「駒」、字を「賁然」、号には「華陽」を賜りました。『織仁親王行実』によると、宮邸の障壁画などを制作したほか、宮の饗宴時の席画までも謹作したことが記されています。

 また、岸駒が有栖川宮から全幅の信頼を得ていたことにより、角屋の当主徳野は、岸駒に親王揮毫の下賜の仲立ちを依頼し、角屋の名物「臥龍松」に「春秋君」の御名を戴き、併せて、御歌「花に咲 紅葉に染る 木々の中に まつはときはの あかぬ陰なる」を賜りました。角屋では、同7年(1787)までに、茶室水屋の板戸「墨梅図」、青貝の間襖六面「山水図」、六曲一双屏風「松竹梅図」等四点もの制作を依頼しました。こうして新人画家岸駒を支援していたのです。 さらに岸駒は、角屋の天明期以降の改装・増築の際、襖、屏風、衝立(ついたて)、掛幅などの制作にも全面的にかかわりました。

岸岱筆「孔雀図」

 岸駒の長男 岸岱(がんたい)(1785~1865)は、岸派の2代目を継ぎ、京都画壇での重鎮として地位を占めました。角屋所蔵の岸岱の作品には、岸駒との父子合作の「前赤壁図」扁額があり、また単独の大作として、掛幅の「孔雀図」が遺されています。

 岸駒の娘婿 岸良(がんりよう)(1798~1852)は、揚屋のしつらいのため岸駒と同じく、衝立に「布袋図」「花車図」、六曲一双屏風に「牡丹孔雀図」「滝虎図」、掛幅では大幅「関羽像」や「柘榴鸚鵡図」等が現存しています。

 岸連山(きしれんざん)(1804~1871)は、岸駒の孫娘春の婿養子で、角屋には六曲一隻屏風「孔雀図」と「山水図」襖が伝わります。また現在、角屋松の間の襖絵に岸連山筆「桐鳳凰図」があります。これは、昭和47年(1972)頃に譲り受けたものでありますが、焼失前の松の間の襖絵には、岸駒筆の「波涛図」がありました。奇しくも、孫弟子連山の「桐鳳凰図」が大座敷のしつらいの役割を果たしていることにより、岸派とのゆかりがさらに深まりました。

 岸竹堂(きしちくどう)(1826~1897)は、岸連山に師事し、技量が認められ養子となりました。角屋とのかかわりでは、竹堂が明治5年(1873)に松の間で、臥龍松の庭を背に太夫を雅やかに描いた「太夫図」が遺されています。


 

 このように角屋保存会では、岸駒と岸派作品の単なるコレクターではなく、彼らとの深い交流を保つなかで、作品を所蔵してこられました。

 本企画展は、平成13年以来の17年ぶりの展示だそうです。この機会にぜひ足を運んでみてはいかがですか。

 

《開催概要》


 

■開催期間:2018年3月15日(木)〜7月18日(水)

      ※休館日:月曜日(祝日の場合翌日。ただし7月17日は開館)

■開催時間:10:00~16:00

■料金:大人 1,000円、高校生・中学生 800円、小学生 500円

■主催:角屋もてなしの文化美術館

■お問合せ先:角屋もてなしの文化美術館(TEL:075-351-0024)

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